2017年5月24日水曜日

BJTトランジスタを使ったAMコレクタ変調回路歪み特性の計算評価と 実験経験との比較検証

BJT トランジスタを使ったAMコレクタ変調回路歪み特性の計算評価と実験経験との比較検証

[概要]
従来式BJT トランジスタを使ったAMコレクタ変調回路は、マイナス変調や、変調が浅い
現象が発生しやすいことが実験的に知られている。

この課題を解決する手段として、「ファイナル・トランジスタ前段のドライバ段トラン
ジスタに浅く変調をかけ、終段トランジスタに深く、2段式に振幅変調をかけると良い。」
という設計法が、長い間言われて続けている。[※1][※2]

別記事では「2段式コレクタ変調」の計算式に従う場合、変調歪みの発生が避けられない
ことを示した。

この計算結果をより高精度に数値化するため、この設計法の再現性と、信頼性の度合い
について、LTspiceを用いた実際の回路モデルに適用し、解析計算結果を以下に評価した。

ここでは、同じ課題の存在と、同課題の現象発生の再現性が高いことが、LTspiceでの
数値計算でも再確認でき、数値計算上も裏付けられたことを記述する。

合わせて、計算結果と実験結果の整合の度合いを比較し、コレクタ変調方式の電気的特性
上の解決できない課題の存在を立証した。

1  一段式 終段コレクタ変調回路のAM変調特性と歪み特性の計算

図1.1  (一段式)終段コレクタ変調 広帯域FFT(対数表示)

振幅変調を浅く抑え、ベースバンド信号電圧を低めにスイングすると、AM変調波の包絡線

は1KHzのなめらかなサインカーブに見える

広帯域で見たスプリアスは比較的少ない。

図1.2  (一段式)終段コレクタ変調 狭帯域FFT(対数表示)

一見奇麗に見える浅いAM変調波でも、キャリア近傍周波数を、対数表示でみると、

AM変調波の歪み成分の存在がよく見えてくる。

BJT TRが、理想的アナログ乗算器として動作すれば、これらのスプリアスは理論的に
皆無になるが、現実のBJT TRでは、そのような理想的アナログ乗算器は一個のTRでは
実現できない。

BJT TRの非直線増幅特性が、理想的アナログ乗算器の近似特性から外れるため、
こうした変調電圧の歪みを発生させる原因になっている。


図1.3  (一段式)終段コレクタ変調 狭帯域FFT(対数表示) 変調の深さとサイドバンドが広がり-1

図1.3のように、パラメットリック解析して、キャリア近傍の周波数のスペクトラムを見ると、
変調が深いほど、ベースバンド高調波のサイドバンドが広がるスプリアスの広がりと
歪みの電圧レベル上昇がわかる。

図1.4  (一段式)終段コレクタ変調 狭帯域FFT(対数表示) 変調の深さとサイドバンドが広がり-2
図1.4は、図1.3の周波数軸横軸を拡大して、ベースバンド1KHzの高調波の広がりを見たもの。


2  二段式 終段コレクタ変調回路のAM変調特性と歪み特性の計算

図2.1  2段式コレクタ変調 広帯域FFT(対数電圧表示)

AM変調波は、出力電圧変調波(緑)の谷が深くなり、一段式コレクタ変調(図1.1、図1.2)

より、見かけ上深い変調がかかる波形が見られる。

しかし、AM変調波電圧の包絡線は、1KHzサイン波の形が崩れ、歪んでいることがわかる。

ここで、さらに低周波ベースバンド信号の振幅電圧幅を大きくすると、変調波形の谷が
より深くなるが、包絡線はサイン波1KHzの形の崩れがさらに大きくなり、変調波形の
歪みが大きくなる。

この方式には、「アナログ乗算器を2段直結する」という基礎的な論理設計エラーが存在
する。

アナログ乗算器を2段直結すると、二段目のアナログ乗算器で、ベースバンド信号の2倍
高調波が発生し、その結果、AM変調波の包絡線に歪みが現れる。

このため、原理的に、この回路では変調波の歪みの発生を避けられない。

広帯域周波数で見たFFTでは、低周波領域の高調波が大きくなっているが、この低周波
成分はアンテナからはバンドパス特性により大きく減衰するので、送信されない。

図2.2  2段式コレクタ変調 狭帯域FFT(リニア電圧表示)

キャリア近傍のスプクトルをみると、ベースバンド1KHzに対する第二高調波2KHzが

見られ、変調信号が明らかに歪んでいることがわかる。

高調波歪み成分の存在は、リニアな電圧表示のFFTでは見えにくい。

図2.3  2段式コレクタ変調 狭帯域FFT(対数電圧表示)

図2.3は、前の図2.1、図2.2と同じ過渡解析で、出力信号キャリア信号近傍のスプリアス

電圧を、対数表示で見たものである。

キャリア近傍のスプクトルをみると、ベースバンド1KHzに対する高調波が多く見られ、
変調信号が歪んでいることが良くわかる。

対数表示により、高調波歪み成分の存在がよく見える。

第二高調波2KHzは、基本ベースバンド1KHzに対し、-20dB電圧レベルが低い。

FFTには、キャリア周波数周辺に、サイドバンドのスプリアスが広がる現象の発生が
見られる。

この歪み特性は、通信機や放送装置には許容されない特性かもしれない。

こうした歪みを許容できる簡易な用途、省電力の玩具等には応用可能性が残るかも
しれない。

この用途に適用できる判断は、個人の感性に依存する性質があるので、
判断結果は、人によりばらつくと考えられる。

従来までの二段式コレクタ変調は、基礎的な設計ミスを含んでいるので、
使う場合は、その欠陥特性を理解しておく必要があると考える。


3 実験による検証

実験によるシミュレーションの確からしさの確認には、上記の回路を製作してデータ測定
し、そのデータ一致が見られれば、上記コレクタ変調方式が不具合を起こし、変調を深く
するほどスプリアス歪みの増大特性を立証できる。

しかし、正常に期待動作できないことの立証に、コストと時間をかけるのは、これまであ
まりにも長期の(少なくとも1970年代ころから今まで)失敗経験を重ねている実績情報から
判断すると、もはや得策とは考えにくい。

(理屈でできると分かれば、実験をする価値があるが、理屈でできないとわかってしまう
と、実験を行うことへの産業上のメリットが失われる。)

妥協策として、ここでは、既に過去の実機実験で、経験的にわかっている事実と比較し
た。

・既に世の中の過去の実験例で、真空管ではうまくいっていたプレート変調を、単にトラ
ンジスタに置き換える発想による、トランジスタを使ったコレクタ終段変調回路では、
マイナス変調か、浅い変調になったという報告が、ネット記事にも多く書かれている。

・製品 RJX-601 では、1W送信モードではプラス変調になり、3W送信モードではマイナス
変調で変調信号が浅く聞こえる実験事実を確認した。

・実機実験: 2SC696 - 2SC517 C級バイアスアンプの実験では、すべてマイナス変調と
なり、最大出力は2Wを下回ることを確認した。

・実機実験: 2SC696 - 2SC517 でAB級バイアスアンプの実験では、極めて稀にプラス
変調となるが、最大出力は2Wを大きく下回り、0.2W程度でプラス変調となったことが
ある。

・AB級バイアス電流調整、実験中に過大なコレクタ電流が流れ、2SC517が多数、
恒久故障に至った。

・実験による損害金額が大きく、期待動作できる見込みが見えないので、実験を中止
した。

・代替方式として、真空管S-2001Aを終段菅とするプレート変調を構成した回路では、
問題なくAM変調がかけられることを実験で確認した。(リニアアンプ無しで出力5W)

・代替方式として、SN76514Nギルバートセル乗算器内蔵ICを利用した回路では、問題
なくAM変調とDSB変調がかけられることを実験で確認した。(リニアアンプを利用し出力9W)

・理論的に不可能と予測計算される方式は、電気回路の方程式の数式であらかじめ証明
きるので、そうした短時間のAM理論を理解するだけで、長期・長時間作業の迷宮から
脱出できる。
また、新しい設計文明への道が開ける、と考えた。[※3]

[※1]USでは、3~8石規模のギルバート乗算器が1968頃発明され、その後IC化された。
これは良好なアナログ乗算器特性があり、VHF程度まで使える。
SN76514N,SA612,NE602等は、ミキサーICとして知られているが、中身がギルバート乗算器
であることは、国内に説明する書籍例が見られず、ブラックボックス的理解の模様。

国内では東芝、JRCが同機能のICを製造しているが、US特許を使用しているかもしれない。

[※2]日本では家電メーカがRJX-601で同方式を採用、大ヒット商品で一世を風靡し、
他通信機メーカも一時期だけに限定し、同方式を採用。

TRIO/Kenwood社がTS-600で低電力変調方式を採用後、メーカ側の流れは大きく変わり、
終段コレクタ変調式の製品は無くなり、低電力変調方式へ移行した。
(通信機業界では、事実上、コレクタ終段変調式が採用は無くなった。)
家電メーカは通信機産業から撤退。一部の通信機メーカのみが長足の技術進歩を達成
した。

[※3]一方、国内の通信工学、専門書籍への設計手法伝達のフィードバックが行われない
まま、特定のメーカ外側にいる、一部のプロ、先生、出版社、その書籍、学生、生徒、
一般趣味人らが、技術発展からとり残されたが如く、過去の誤った設計書籍から得る
知識と先入観、言い伝えに不覚にも騙され、不具合発生の再現を繰り返す迷宮に入って
いる事例が続いている模様。


4  まとめ

・AMコレクタ変調について、国内でとられてきている終段コレクタ変調の設計法では、
出力されるAM送信波形に歪みの発生するが、歪の程度は異なるものの、BJT TRがアナロ
グ乗算器に近似できない非線形増幅領域について、この現象を避けることは不可能
ある。

500KWものAM中波放送用にも実用に使えた真空管のプレート変調を、単純にトランジスタ
に置き換えようとする設計思想は、変調がうまくかからない不具合現象が、実回路でも
再現性良く起こるので、この設計思想は、ずいぶん過去に破綻していたことが公知で
あったと推定される。

不運にも、インターネットでは、その不具合を起こすコレクタ変調回路を、現在でも沢山
参照できる。それらの記事と過去の書籍には、AM変調電圧式の記載と説明が無いこと、
変調の不具合現象発生の記載がないのが共通点として見られる。

・一段式コレクタ変調は、浅めの変調では歪みが少ないが、変調を深くするとトランジ
スタがアナログ乗算器に近似できない非線形増幅領域での歪みが増大して発生する。

・二段式コレクタ変調は、一段式コレクタ変調に比較し、変調がより深くなる特性が見
られるが、ベースバンド信号の2倍高調波歪みの発生により、包絡線がベースバンド信号
を線形に維持できない歪が見られ、これはこの方式上さけられない特性で、設計前に
予測し、回避可能な論理設計上の基礎的不具合がある。

・C級アンプがAM変調送信機に使えるという国内の定説は、実験およびspice計算に
ついて、どちらも定説が説明するAM変調動作を再現できなかった。

また、この定説は、
AM変調電圧の計算式 V(t)=Vc・sin(ωc*t)*{Vd+*x(t)}
に対し、論理的不具合を起こす考え方となっている。

なぜこの定説が繰り返されるのか、その原因は、現在でも解明されていない謎となって
いるが、学校の理科の実験教育で、理論計算値と測定値が合うかどうかを見る、合わなけ
れば、その原因を考察し、理論修正や測定誤差評価方法を考える、先進国に見られる実験
と測定による理論の立証主義が、現在でも教育されていないことが関係しているのかも
しれない。

Rev.0.1: May, 25, 2017
図1.3,図1.4 と説明追加:サイドバンド・スプリアスの広がりと変調度の関係説明

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